自転車旅行 第9回 鳥取県・島根県・山口県

その9、鳥取、島根、山口。
前回までは、関東、東北を中心に出かけていましたが、季節柄、寒さが気になり西のほうへ出かけました。
西は遠いけれど、普段と違う楽しみがありました。
でも今までに無い苦しみもありました。
 
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  大阪に用事があるというトーチャンに便乗して、西行き、つまり我が家からは池袋経由になってしまいます。
  久しぶりの東海道新幹線でのお出かけに、ちょっとルンルン気分ですが、東京駅は新幹線改札までが遠いのと、人が多いことで苦戦です。それでもいつものように早めの行動で、自転車を構内にくくりつけ、エキナカでモーニングを頂きました。
  大阪に用事があるのはトーチャンだけでなく、実は、娘が大阪に勤務しています。休みを取って親に便乗、天橋立見物です。
  久しぶりに娘と童心に返り遊園地を楽しみました。空中自転車もプロジェクト135の一部でしょうか?
  今夜の宿は カニで有名な兵庫県、香住です。イエイエ、この方は娘ではなく、宿の若おかみです。
  皆さん、20年以上前に日本海からの強風で鉄橋の上を走っていた列車が吹き飛ばされて落下、下のカニ処理工場の従業員が何人も亡くなった事故を覚えていらっしゃいますか?この解体中の鉄橋があの当時の餘部鉄橋、左側のコンクリートの橋が現在使われている山陰線です。
  いよいよ本番、出発地点は鳥取県、皆生温泉です。
  境港までは海沿いの431号線、天気にも恵まれ、道も広く快適に走れました。
  境港といえば ゲゲゲの鬼太郎、記念館では鬼太郎の着ぐるみが出迎えてくれます。
  駅から記念館までの水木しげるロードは800mもあるそうで、両側にさまざまな妖怪像があります。鬼太郎像は座るためのお尻の立体面が作られて、“皆さん撮りたいでしょう、どうぞ”と言っているようです。お言葉に甘えて一枚。
境港から松江までは、431号線を行くコースと大根島を経由するコースがあります。
  大根島経由のほうが平らだよ、と言う宿のおじさんの言葉を信じた私たちが悪かったのです、高さ40mはあると思われるアーチ橋を渡るのです。出発前に、近所の自転車やさんで調整してもらってあったからよかったものの、あのおじさん、なんで、、、、と恨み顔。この橋の頂点が鳥取と島根の県境だと思うのですが、看板がわかりませんでした。
  松江に入る9号線、やはりアーチ橋、迂回して、北側を通って、松江に向かいました。
  農作業をしている人に、この道行けば松江市街ですカー、と聞いたら、ここも松江市街です!との返事。しっつ礼しました!!、ところで彼女の足元の緑の苗、何を植えていると思いますか?春キャベツだそうです。この時期に植えると、冬は寒くて虫が付かないのでとてもよいそうです。
  松江に入る頃から、川沿いの道は向かい風が強くなってきました。
  昔ながらの渡し舟、残念ながら時間外で乗れませんでした。
  通りの向こうに松江城。行きたかったのですが、城攻めと言う別のコーナーが有るので、邪魔しないように素どうりしました。なーんて本当はこの先を考えるととても寄り道できなかったのです。
  いつもの定番、ラーメン、450円にしては美味しかったです。
  このあとが大変でした。松江から出雲へ、宍道湖の北側の431号を西へ向かったのですがこれが真正面からの向かい風。各家に防風林がありますがこれが皆、家の西側に植えてあります。
  この家も、
  この家も、、皆、西側に防風林。 宍道湖の北側を西へ向かっている時はとても写真を取れる状態ではありませんでした。ほとんど全ての家家の防風林を見て、西から東へ走ればよかったと気が着いたときはもうヘトヘトでした。息が切れる峠道ほどではありませんが足が棒のようになってしまいました。
  出雲大社はパス、いまさら縁結びの神様へお参りすることも無い、と出雲大社線にお別れ、直接出雲市駅へ向かいました。
  ヘトヘトで到着した出雲市では癖になってきたビジネスホテル泊まり。駐車場の片隅に駐輪して町へ出ました。
  さすが出雲市、駅の売店にも神話に出てきそうな神様が居ました。早速ご挨拶。
  何故か懐かしい気がする鍋料理やさん。確かこんな名前の人がトーチャンの会社にいたような気がするのですが、、
  出雲の人は、朝起きるとお茶を飲み、10時なるとお茶を飲み、3時に飲み、食後に飲み、誰かが来るとまた飲んで、そのたびにお茶請けが出るそうです。確かに山陰の街には和菓子屋さんが沢山ありました。その一軒、出雲市の長春堂さんの奥さんと。こんな不便なところへ良く来たネー、とお茶をご馳走になりました。
  出雲市から津和野までは列車です。
  新幹線と言わず、在来線と言わず、自転車の袋を置くのに不便したことは今のところまったくありません。トーチャンの持っているゴムひもは抜群です。固定するのは簡単で確実、持ち運びはかさばらないしとても便利です。
  昨日はあんなに風に吹かて苦労したのに、荒れる日本海を眺めているだけて到着してしまうのは申し訳ないような快適さです。
  それにしても晴れた日の日本海は綺麗ですねー
  山陰の小京都と言われる津和野は歴史的な景観を残しています。でも殿町通りの鯉はメタボです。観光客が多く、皆えさをやるからとか。えさの袋を500円くらいにすればもっとスマートな鯉を見られるのかもしれませんネ。
  京都から伝わったと言う鷺舞です。隣のおかーさんが大喜びでした。
この後は津和野巡りからスタートします。
  翌日は自転車で津和野を巡りました。一昨日は暖かかったのですが、この日は肌寒くウィンドブレーカーというか、この携帯雨具は本当に優れものです。宣伝してしまいますがお薦めです。
  まず向かったのが7km山へ入った奥津和野の堀庭園。この辺りの家はツルツルした茶色の瓦が特徴的です。石州瓦というそうです。
  銀、銅の鉱山があった天領だったそうで、道々立派な家が目に付きました。
  まだ目的地、堀庭園ではないのに、こんな山奥に何故と思うようなお屋敷が沢山ありました。
  そんな中で一際立派な堀家の屋敷です。堀家は代々銅山年寄り役を世襲し、天領差配家三百年の歴史が有る名家だそうです。
  住まいも立派でしたが、山楽荘と言う離れが見事でした。ちょうど庭の紅葉の時期でラッキーでした。
  離れやその庭園の見事さにあっという間に半日過ぎてしまい、えっ坂おっ坂下ってきました。
だからー私下りは早いんですってば。
  家のトーチャンあまり高くなくて、美味しい店を探すの上手いんです。
  お腹すいてたんで 写す前に食べてしまってご免なさい。津和野の芋煮です。笹山という場所で取れたサトイモを鯛のだしで煮たとてもシンプルでなおかつこくのある絶品です。
  山葵の葉の煮付け、ピリ辛でお酒の肴にぴったりです。
  山陰の鯖は天下一品です。津和野を山陰と言っていいのかどうかわかりませんが、昔津和野には魚市場があったそうです。理由はともかく鯖は山陰です。
  驚きの握りずし。東京の3倍ぐらいご飯があるのではないかと思ってしまうほどの大きさ。 一口で食べるには勇気の要る大きさでした。
  お結び握りの後は駆け足で名所めぐり、まず津和野城跡。
  藩校跡、森鴎外が学んだとか。
  津和野の由来、津和蕗、ほんとかしら??
  太鼓谷稲荷神社の鳥居
  そして、お香やさん。
  何と、これお香やさんの庭です。個人の住居ですよ。
  そのお住まいの床の間です。これが津和野で普通に人の住んでいる住居です。高々お香を買っただけで何故こんなに住まいの中まで見せていただけたのか?それは秘密です。
  さー、たっぷり津和野を楽しませてもらったからお宿に帰りましょ。それにしても夕方になると本当に人通りも少なく、歴史を感じさせる町並みの静寂を感じられました。
  いよいよ最終コース、津和野から山口県境までは長い上り坂。天気予報で雨になることは覚悟はしていたのですが予報どうりの雨。早朝出発のために朝ごはんは前の晩に作ってもらったおにぎり。 トンネルを越えて漸く山口県に入りました。
  ここからは得意の下り坂なのですが、、、雨脚は強くなり、風も出てきて、日本で一番最初にできたと言う道の駅ではテントが飛ばされているような突風の痕跡。
  我慢して走ったのですが、山を下って平地に出ると横殴りの風が左から吹き出し、センターラインへ押し出される感じになってきました。
  左右が田んぼや畑で遮るものが無く、ついにトーチャンが危険と判断し乗るのをあきらめ 歩いて最寄り駅に行き列車で次の目的地湯田温泉まで行くことにした。残念ですが仕方がありません。命が大事です。
  最寄り駅といっても歩き出してからおよそ3km、徳佐駅に着くとどうした加減か雨も弱まり風がやんで何となく釈然としないまま列車に乗りました。 夜のニュースで突風で家が飛ばされ3名亡くなったとか。結果としてよい判断だったのでしょう。突風で老夫婦大怪我、なんて洒落にもなりませんもん。
  予定どうりに着けば例によって温泉にビールとなるのですが、大幅に早く着いたので地元湯田温泉出身の中原中也記念館へ行きました。 あの ”汚れっちまった悲しみに”の中原中也です。断片的な知識はあったのですが彼の生涯と、作品が展示されており何時に無く神妙に見入ってしまいました。
  中也記念館の通りには、湯田温泉のシンボル でぶ狐 が並んでいます。これは文具屋さんのシンボルです。
  おや?車輪を持った狐?
  何と、サイクルショップ TSUNO さんでした。ご一緒に!!帰りは湯田温泉から在来線で20分、新山口から新幹線です。しかし新山口駅は、在来線のホームから新幹線連絡通路まで登るエレベーターもエスカレーターも無くそのうえ新幹線までが遠い遠い。家に帰ったらもうくたくたでした。
今回は初めての山陰地方でした。
まず、カニ、鯖の美味しさは関東地方にない物でした。
和菓子屋さんの多いことも驚きでした。どこの町でも歴史の古さを感じます。
やはり関東地方は新しい地域なのだと認識を新たにしました。
自転車で走っていて今までになく苦痛だったのが向かい風、怖かったのが横からの突風です。
もともと、雨、上り坂、強い日差し、大型トラック、段差、などなどいやな事は沢山有りますが、今回は 風 が加わりました。

自動車や列車の利点は疲れない、遠くまで楽にいける、などそれはそれで楽しいのですが、自転車の良さは、のんびり出来る、現地の人と話が弾む、食事が美味しくなる、列車や車では見落としてしまうようなことにも気が付く などなど、沢山あります。
自転車特有の苦痛ももしかすると本当は自転車で無ければ味わえない楽しさなのかも知れません。
山形から始まって今回で15県終わりました。
でもまだ全行程の3分の1しか終わっていません。
全部終わるまでにあと1年といったところでしょうか?
二人の体重135kgになるまであと何年かかるのでしょうか?
二人の年齢135歳になるまであと半年、これだけは確実です。
今年は寒くなるので今回でお休み。来年の春にまたはじめます。
なーんて言ってまたすぐに行きたくなるかもしれませんけど。