ポディウム・ラッシュ! ~トム・ピドコック MTBワールドカップへの挑戦~

「僕はマウンテンバイクに乗るために生まれてきた」

トム・ピドコックは自転車レース界に於ける一世代の中の逸材です。

彼は21歳(※執筆時)とまだ若く、171cm、58kgと特に体格的に優れているわけではありません。しかし間違いなく、この一見、控え目な選手は伝説を築こうとしています。

ロードもシクロクロスも得意で、2019年のU23ロード世界選手権では銅メダル、2020年のシクロクロス世界選手権では銀メダルと、すでに世界の舞台で実力を発揮しています。
しかし、彼はそれに留まらずMTBワールドカップへも果敢な挑戦を続けています。彼自身「僕はマウンテンバイクに乗るために生まれてきた」と語るほどの情熱を傾けています。

SRサンツアーサポート選手であるピドコックの、2021年前半MTBワールドカップ挑戦の軌跡をつづります。

UCI ワールドカップ アルブシュタット(ドイツ)

2021年最初のMTBワールドカップXCOレースはドイツのアルブシュタットでの開催となりました。
UCIワールドカップランキングのエリート男子40位以内ではないピドコックは、XCOレースの前々日の金曜日に開催されたXCCレース(※注1)に参加できず、XCOレースでは11列目、最後尾からのスタートとなりました。

アルブシュタットは厳しい登り、シングルトラック、急な下りが混在している変化に富んだコース設定のため、最後尾スタートというハンディは、表彰台はおろかトップ10に入るだけでも大変なレースになることを意味しています。
彼が先頭にたどり着くまでに、80人以上のエリートライダーを抜き去らなければならないのです。

大変な戦いになることは容易に予想できましたが、彼は明るい表情で語りました。
「エリートは(U23とは)違うレースになるからね。初めてのビックレース(アルブシュタットの前週にロイカーバードで開催されたスイスカップXCレース)で優勝した自信を持って臨むことが出来るのは良かったけど、最後尾スタートになってしまう…そうなると伸び代しかないよ。」

ピドコックは、最後尾のスタートから果敢にチャレンジし続け、スタートループを終えた時点で25位まで順位を上げました。かなりタイトなコースなので、周回の初期ではパックに入れませんでした。しかし彼はパックに入るためではなく、勝つために来たのです。積極的に抜き続ける彼の戦略は続きました。

トップグループを追走しながら、1周目の途中でピドコックは20位以内に入ることができ、13位まで順位を上げました。そして2周目の初めにトップ10に入ったのです。そのラップの終わりには、トップ5に入ることができましたが、トップとは2秒ほど離れていました。近づいた!

3周目には一時的にトップを捉え、この奇才ライダーがリードしましたが、最初の登りでスイスの絶対王者ニノ・シュルターに付いていこうとして、すぐにリードを奪われ、ここからピドコックは後退していきました。
前に出るためのクレイジーな走りで、体力を消耗していたのです。すぐに1つ、また一つと順位を落としていきました。
5周目のスタート時には、トップ5から16秒も離されてしまい、ニュージーランドのアントン・クーパーの後方に食らいついていました。

しかし、ピドコックは一歩も譲らず最終ラップでクーパーに追いつき、最終的には5位でゴールしました。ヴィクトル・コレツキーの優勝タイムから29秒遅れで、先行したのはシュルター、マティアス・フルーキガー、オンドレイ・シンクの3人しかいませんでした。
後方からのスタートというハンデをものともせず、初めてのエリートワールドカップXCレースとしては、決して悪くない成績でした。

※注1 XCOワールドカップランキング40位以内の選手は、XCOレース前に開催されるXCC(クロスカントリーショートトラック)の順位でXCOレースのスタート順を決定し、それ以下のランキングの選手はその後方からスタートします。

UCI ワールドカップ ノベ・メスト(チェコ)

アルプシュタットのレースからわずか1週間後、チェコのUCIワールドカップ・XCOのクラシックレースは、これ以上ないほど対照的なものとなりました。

ドイツのコース(アルプシュタッド)は確かに急な登りはあるものの、さほどテクニカルではないコースでしたが、ノベ・メストでは上りも下りもカナダのモンサンタンに匹敵するようなテクニカルコースへの対応能力が求められます。
さらに雨が降ってきて、アルブシュタットでは29℃だった気温が15℃まで下がり、ただでさえ難しいコースが、よりスリッピーなってしまいました。

しかし、振り返ると、ピドコックはそこに対応できるようなライディングスキルを持っており、この会場での2020年のU23レース(コロナの影響でワールドカップを2度開催)で2回とも優勝しており、また、CXのレースでは、どのようなレベルであっても滑りやすいコンディションに対応する必要があります。
そして、彼はそのコンディションにふさわしい機材を用意していたのです。
ドイツで購入したノーブランドのハードテール(AXON34 WERX EQを装備)を、同じフォークを装備したBMC 4ストロークフルサスバイクに交換し、チェコの森の根や岩に対応する100mmトラベルのリアショックEDGEも装着しました。

そして今回もXCOレース2日前のXCCレースが開催されましたが、そこに参加することができました。
その中で、CXのライバルでもあるオランダのマチュー・ファンデルプールに次ぐ2位を獲得したことで、ファンデルプールと並んでフロントローからのスタートが決まりました。

スタートの号砲から大きな期待が寄せられましたが、ピドコックはロケットスタートでその期待に応えました。
若きピドコックの隣に並んだ体格の良いファンデルプールは、ショートトラックで無敗であるだけでなく、2019年にこの会場で皆の度肝を抜き、2日前の夕方にはショートトラックでピドコックに勝っており、彼もまた圧倒的な強さを誇っていました。しかし、ピドコックはその挑戦を受けていました。

序盤はファンデルプールがペースを上げ、ピドコックは堂々と4位をキープしていました。これは接触を避けてペースを見極め、プランを練るための戦術的な動きでした。
ファンデルプールはスタート時にペースを上げてライバルを消耗させることで知られており、その回復力は一般的にライバルよりも優れているのです。
しかし、ピドコックは1周目の第1計測点でファンデルプールのホイールにぴったりとついており、これに地元のチェコ人ライダー、オンドレイ・シンクが続いていました。

この時点でメカトラブル等が起こらない限り、優勝するのはピドコックかファンデルプールのどちらかで、シンクのホームグラウンドでのアドバンテージはないことが明らかになったのです。
2人の天才ライダーは、スタートループ後のフルラップで猛烈なペースを見せつけ、フィールドを支配し、つばぜり合いを始めたのです。

なんという熾烈なゲーム! 他の選手がスリッピーで泥のテクニカルな登りを下車してしまうところでも、この2人は乗車でクリア。
そして下りでは、滑りやすい根っこに無数の岩が散りばめられたスリッピーな轍のコースにもかかわらず、二人とも姿勢を乱すことが無いのです。

しかし、3周目に入ると、ピドコックは弱点を見つけて動き出しました。
急な上り坂の根元を乗り越えて粘り強いアタックをかけ、CX、そして今はXCのライバルであるファンデルプールとの差を30秒に広げたのです。

そこからは何事もなく、若きライダーはプレッシャーをかけ続け、決して諦めず、そして絶対に後ろに下がりませんでした。
もし彼が下がっていたなら、スイスのマティアス・フルッキガーが4周目に一時的にファンデルプールに挑戦した後、3位に落ち着いていたはずです。

しかし、ピドコックは最終周回の6周目にホームに戻ってきたとき、ファンデルプールに1分もの差をつけての圧勝。
他にマティアス・フルッキガー、オンドレイ・シンク、ヨルダン・サルーが表彰台に上りました。

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