格好いい自転車の文法
風呂好きのライトウェイスタッフOnoによるシェファードインプレッション。
格好いいものには文法がある。ルールといっても良い。格好良く見えるためのルールだ。たとえば、自動車ならワイド・アンド・ローであったり、ロングノーズ・ショートデッキであったり、細かい部分では扁平タイヤとツライチだったりする。男子小学生で言えば活発で足の速いのがモテたりする。格好いいものは、ただなんとなく格好いいのではない。その文法を守っているから格好いいのだ。そしてその文法を破るための文法も理解しているから格好いいのだ。
ホリゾンタルのダイヤモンドフレーム
一つ目の文法が、このフレームの形状だ。シェファードのように、三角形を二つ組み合わせたフレームを「ダイヤモンドフレーム」と呼んでいる。競輪に使われる自転車に代表される、スポーツ用自転車の典型的な形状だ。またそれは同時に古くからある歴史的な形状でもある。剛性が確保しやすく、設計と組み立てが容易だったためだ。
また、そのダイヤモンドフレームの中でも、上の辺が地面と水平なものを、特にホリゾンタルフレームと呼んでいる。そのまま水平という意味だが、Tour de Franceなどで見られる最新のスポーツ自転車は、後ろの方が低くなっているスローピングフレームと呼ばれるものが殆どだ。最新の設計と加工技術であればスローピングフレームの方が軽く、固くできるというのがその理由らしい。しかしながらスポーティファッションの文法が「少し前の最先端」であるように、スポーツ自転車においてもこの一つ前の最先端設計、ホリゾンタルフレームは格好良く見える。
短いヘッドチューブ
フォークのステアリングコラムが貫通している部分、これをヘッドチューブと呼んでいる。このヘッドチューブはハンドルに隠れて見えにくい部分ではあるが、自転車のプロポーションを決める重要な役割を果たしている。ヘッドチューブが長ければ上体の起きたポジションの自転車となり、短ければ上体を前に倒したスタイルでの乗車を強いられる。このシェファードのヘッドチューブは十分に短い。これはすなわち前傾のきつい乗車姿勢であることに他ならないのだが、格好よさには少々の我慢が必須なのだ。エレキギターを弾く高校生はストラップの長さ、ギターの低さを競い合うがあんなもの高い方が弾きやすいに決まっている。なぜだ。坊やだからではない、格好いいからだ。そして格好よさはロックの中でもかなりの部分を占めるからだ。
同色でまとめる操作系
カバン・ベルト・靴の素材感と色を合わせるのはファッションにおける重要な、そして極めて基本的な文法の一つだ。もちろん、自転車においても例外ではない。このシェファードは、ハンドル・サドル・ペダルが全て黒でまとめられている。さらに金属部分は全てつや消しのマットブラックという凝りようだ。フレーム全体も濃いグリーンでつや消しに塗装されており、素材感の統一が図られ、コンベンショナルかつコンサバティブな格好よさを演出している。
文法だけではない、「ハズし」もある
全てが完璧に文法通りのものにもそれなりの魅力があるだろうが、格好いいものにはどこかハズれた部分があった方がより魅力が増すのではないだろうか。それもまた文法の一部ともいえる。もちろん、このシェファードにも自転車の文法からはハズれた部分がいくつもある。
ママチャリを上回る極太タイヤ
まずは舗装路用とは思えない極太のタイヤである。通常、舗装路を走る自転車のタイヤは細い。スポーツ自転車であれば尚更だ。ロードバイクと呼ばれる Tour de France などを走るもので25mm程度。クロスバイクというロードバイクを少しマイルドにしたもので28mmから30mmのものがほとんどだ。ママチャリでも35mm程度。ところがこのシェファードのタイヤは38mm。ママチャリよりもかなり太い。太ければどうなるかといえば、単純に乗り心地が良くなる。タイヤがポヨンポヨンのものであることは説明するまでもないが、太いタイヤほど空気を入れられる量が多くなり、かつその空気圧を下げられる。
この極太タイヤを楽しむために、空気圧は下限ぎりぎりまで低くして乗るのがお気に入りだ。路側帯のアスファルトの段差や、溝蓋など、道路には進向方向と平行な危険が多くあるが、このシェファードの極太タイヤでは今の所怖い思いをしたことがない。少々舗装の悪い部分でもそのショックをかなり和らげてくれる。シリアスにタイムを削っていくような性質の自転車ではないので、この極太タイヤの安心感と乗りごごちの良さは快感である。
また、全体のデザイン的にもこの極太タイヤがインパクトを与えている。ジャケットにカジュアルなパンツを合わせているような、そういう気楽さを演出している。
おそらく、この極太タイヤに合わせるためであろう、ブレーキはVブレーキを搭載している。ディスクブレーキが主流になる前のマウンテンバイクで採用されていたブレーキ形式だ。一般的なママチャリのブレーキと比較し、軽い引きで強い制動力が得られるのが特徴だ。見た目は無骨な雰囲気が漂っているが、さらにクラシカルに装いたければカンチブレーキという、さらに一昔前のブレーキに入れ替えるのも素敵だろう。
走りはどうなのか
いわゆるスポーツ自転車なので、ママチャリと比べると少し前傾がきつい。また、写真のサドルの高さで身長171cmの私はサドルに跨ったままでは足が付かない。スポーツ自転車は止まった状態ではなく、ペダルを漕いでいる状態で最も能率が良くなるようにサドルの場所を合わせるので、足がつかないことはそれほど大きな問題ではないが、止まるときに若干の問題がある。
足がつかない高さの自転車は、トップチューブを跨いで止まる。その場合、ホリゾンタルフレームのシェファードは股下がギリギリだ。ボトムを少しルーズに履く場合に結構な不快感を感じることになるだろう。サルエルパンツや女性がスカートで乗るのは絶望的だ。だが、格好よさと引き換えに少々の不便さは我慢するべきだろう。
ギアは後ろの変速が8段のみのシンプルなもの。一番軽くすると十分に軽いので、今のところは坂道で困ったことはない。ギアを一番軽くした時のこぎ感(?)は、3段変速ママチャリの「軽」と同じ程度の軽さだ。対して重くした場合は・・・、一番重いギアはどこで使うのだろうかと思うぐらいにスピードが出る。ゆっくり足を回したい人向けだろうか。
実に不便だ
さて、この自転車には泥除けが前にも後ろにも全く付いていない。ほどんどのママチャリには標準でついているものだが潔く付いていない。お店にお願いして付けることもできるが、私はあえて付けていない。このあたりは個人の好みになるが、私はクルマにもいままで窓のバイザーを付けたことがない。シュッとしたサイドラインが崩れるのを嫌ってのことだ。なるべくカタログに近い状態で乗って行きたいのだ。ただ、乾いている地面を走るだけであれば問題がないが、少しでも水たまりに踏み込もうものであれば、どエライ目にあう。特に車道走行時に避けられない場合には諦めて全身、そして顔面までもを汚すしかない。私のような意味のわからないこだわりを持っている人以外はフェンダーを装着することを強く強くお薦めする。
そしてカゴもついていない。銭湯に行く場合にはほとんどメッセンジャーバッグかリュックを使うのでカゴは必要ないが、買い物を頼まれた場合はどうしようかと。いくらメッセンジャーバッグでも食料品を入れるのはいろんな意味でかなりキツイ。ぜひやってみてほしい。嫁に何万円も出して買い物ひとつできねぇ自転車を買ってきやがったのかこの野郎と言われたくない場合にはカゴを付けることもお薦めしておきたい。
あぁそういえば鍵も付いていない。これはチェーンロックの小さめのものを持ち歩くことで解決している。番号のタイプであれば、鍵を増やすこともないので安心だ。
というわけで不便だらけのスポーツ自転車だが、風呂をより楽しむためにも欠かせないアイテムだ。