BOMBTRACK ARISE ショートストーリー

共に歩む、この道の先

変速のない自由が、そこにはあった。

競うように変速段数を増やす最新機材を尻目に、ギアが1枚しか無い”シングルスピード”という選択肢を、このバイクは残した。

Bombtrack:Arise(ボムトラック:アライズ)。持ち主に寄り添い、人生を共にしたいと思わせてくれる、そんな1台である。

シングルスピードと聞いて、まず思い浮かべるのはシティライドだろう。

Ariseもご想像の通り、街中を駆けるのに適したバイクだ。通勤から買い物まで、日常的な使用にもってこい。

その道程を至福の時間へと変えてくれるのは、言うまでもない。

ラフなスタイルで気軽に乗れて、街並みに溶け込むデザイン。安定感のあるステアリングと40cの太いタイヤは、都市部を快適に走るのに役立つ。

忙しなく往来する人や車とは、足並みを異にするArise。ケイデンスだけで速度を調節していくシンプルさは、情報で溢れかえる街の喧噪を、どこか和らげてくれるようだ。

目まぐるしく過ぎ去る日々のなか、Ariseに跨る時間だけは、少しだけゆっくりと流れている。

デザインも美しい。

クロモリフレームにベンドフォーク、落ち着いたカラーリングに凝ったグラフィック…。その見た目だけでも、人を虜にする魅力があるだろう。

それでいて、カスタムの幅は広く、細部に至るまで自分好みに仕上げられる。フレームは主流の規格で統一されており、どんな姿に彩るかは乗り手次第だ。

お気に入りの服を着ている日のように、Ariseに跨る日は心が踊り、心地よくもある。その魅力は、速さや目新しさとは、すこし離れたところにある。

僕にとってAriseは、世界を狭めてくれるバイクとなった。

ロードバイクに出会ってから、日本中を走り回ってきた。気が付けば、登れない峠も、行けない場所も無くなっていた。

…それが、どうだろう?すぐ家の近くに、自転車を押して歩かないと、越えられない坂が現れた。

「あの坂を、脚を付かずに登ってみたい」

初めてロードバイクに出会った頃を思い出し、さらには少年の心を思い出した。一度は広がった世界が、狭くなった。その分、未知の世界が広がった。

とある休日、Ariseと共にバイクパッキングへ出かけた。このバイクだからこそ味わえる、未知の道へ…。

キャンプ装備を積み込み、重たいペダルを踏みしめていく。僕の頑張りに応えてくれるAriseは、頼りがいのある存在だ。

何を隠そう、Bombtrackはアドベンチャー系を得意とするブランド。このAriseにも、実は予備のスポークホルダーや、ハブダイナモを内装するルートまで確保されている。

お洒落な外観の内側は、旅装備をものともせず走る、芯の通った本格派なのだ。日常を支える脚だけでなく、未知へと共に踏み込んでいく相棒ともなる。

錆びつき、ところどころ曲がったガードレール。ひび割れ砂利の浮いたアスファルト、自然に還りつつあるカーブミラー。

森は深くなり、聞こえるのは虫と鳥の声のみ。ひしめき合う草木は、木漏れ日すら地上に残さない。その下に広がるしっとりとした世界を、ゆったりとしたケイデンスで走った。いや、その一歩一歩踏みしめる様は、歩んだと表現した方が適切かも知れない。

ハードなコンディションでも、Ariseは己のペースを乱さない。どんなに低速になろうとも、持ち前の安定感でその歩みを進めてくれる。乗り手の僕にとって、杖の様な存在だ。

結局、登り切れずに押し歩く坂は多い。しかし、その不自由さが魅力でもあった。

坂道が来たら、頑張ればいい。頑張ってダメなら、押せばいい。当たり前のことだが、その当たり前に自然と気づかせてくれるのが、このAriseだった。そんな潔さが、心地よい。

決して速いバイクではなく、鋭くもない。そもそも、誰かに勝つためのバイクではない。だからこそ、等身大の自分でいられる安心感を与えてくれる。

いつまでも、同じように自転車に乗れる訳ではない。生活環境は変化し、自転車との関係も変わっていく。

そんな時の流れにも、Ariseの価値はきっと左右されず、大切な1台であり続けるだろう。

カスタムで姿を変えられる、息の長いフレーム。そして何より、Ariseはその在り方が魅力だ。乗り手に寄り添える懐の深さは、この先の長い道のりを、共に歩めると思わせる。そんな妄想にふけながら、今日もAriseを連れて家を出た。