自転車で日本100名城ツーリング 名護屋城 第57回
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第57回 名護屋城の回 ページメニュー |
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【その一】 名護屋城に登城しました。 |
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ヤフーラボで高低差も チェーック!! |
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【その一】:名護屋城に登城しました。
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前回、平戸城と城下で無事に癒された我々は、松浦鉄道で東に旅を続けていました。
お次は癒しの国、佐賀にわけいります。 |
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伊万里という町で一夜の宿を頼みました。
晩御飯はこの地域で著名だというイカ。 |
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おはようございます(小声)。
伊万里という町で一夜の宿を取り、日の登らぬうちに北上していきます。
平日は起きるのがつらいのに、それよりも早く起き、しかも走ってさえいるから驚きです。 |
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伊万里から名護屋城までは45kmほど。辺りが明るくなってくるころには残り30kmほどになっていました。 |
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休憩しながら進みます。走っていると冬でも暖かく、空気もすがすがしくて、自分がスポーツマンだという錯覚に癒されます。 |
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全体の距離はそれほどないとはいえ、やはり峠を一つ越えることに。
苦しみの時間がやってきました。写真では伝わりませんが、ハイケイデンスクライムを試みているところです。 |
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アップダウンに翻弄されながらようやく名護屋城の城域に近づいてきました。 |
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北上ルートで最初に見つけた陣跡サイン。
実際の陣跡は見晴のいいところだったに違いなく、そうすると相当登らされそうだったので、とりあえず名護屋城を目指すことにしました。それが本望ですから。 |
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だいたい、ふつうに考えて城の近くに寝泊まりしたほうが便利なので、遅れてきた人ほど遠くの陣所だったように思います。この人、わりと近いのに。 |
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この辺りから民家の敷地もわりと立派な石垣で守られています。 |
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名護屋城はご存知、朝鮮出兵の基地として築城されたので、朝鮮に渡る全国の武将が集結しました。昔の言い方でいうとオールスターですね。 |
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ほら、ここにも。
分かりやすい撮り方を編み出したものですな。 |
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城手前の安土桃山時代を彷彿とさせる道の駅で、エナジーチャージしてから城に向かいました。峠越えで色々使い果たしていたようです。 |
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水分補給はこちらで。
井戸ってわりと石垣で守られてますよね。 |
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百名城スタンプもサクッとゲット。
図柄からみても石垣が見どころのようです。 |
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確かに。思ったよりも勇壮な石垣が残っていました。 |
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どうも朝鮮出兵が終わった後、廃城となって石垣も壊されたらしく、ここなどは上ることができそうです。 |
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よっこらせ、と。 |
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この矢穴は、この石、硬すぎて割れなかったということでしょうか。 |
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遊撃丸の様子。朝鮮から来た遊撃将軍をもてなした場所だったそうです。敵をこんなところまで入れるのですね。 |
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例の黒田官兵衛が縄張りしたとあって、実は遊撃丸から本丸に登るまで、迷いました。ようやく辿り着いてこの表情。 |
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天守台からはついに玄界灘を見晴らすことができました。自走後の最大の癒されポイント。疲れ切ってますが。 |
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さあ、来た道を戻りつつ、唐津に抜けよう・・・。 |
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ところが、唐津行きのバスを見つけてしまい、ガーサスDが次の城まで押してます、と耳元で囁いてきたため、路線バスに乗り込んでしまいました。 |
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バス停もユニークですね。
自転車120円の追加料金です。断ってくれたら走れたのに。 |
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でもおかげで次の城に早く着けそうです。ありがとう、昭和バスの運転手さん。 |
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唐津焼、有田焼、伊万里焼・・・。焼き物先進国だった朝鮮に近いため、技術が伝来された模様ですね。しかも朝鮮出兵で、朝鮮の職人がたくさんこちらに移住したとか。
400年後に私もその恩恵にあずかりました。 |
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さようなら佐賀。基本的に人が暖かくて癒されました。 |
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